長森日野九条の会ニュース   ニュース No.13
連絡先 : 岐阜市北一色5−10−1                  20015 発行
Tel: 090-6576-5722(夜間)  Fax: 058-245-7927 ホームページ: http://www.ccn.aitai.ne.jp/~nh9jou/

この会は、「憲法9条を変えてはいけない」の一点で、あらゆる立場や考え方、世代の違いを越えて多くの
 人と共同し、九条を活かした平和のための活動を行う会です。 みなさんの賛同、ご支援をお願いします。
              

            平和の大切さを考える
                  親と子の平和まつり開催

8月3日(日)、親子で戦争の悲惨さを学び、平和の大切さを考える「親と子の平和まつり」が、「あんきの家細畑」で開かれました。 今年は昨年に続き二回目の開催で、親子七十名の方々が参加されました。 参加者は、イラク戦争で苦しむ人たちの映像レポートを使った講演を聞き、原爆を描いたアニメ映画「はだしのゲン」を鑑賞しました。 また、火おこし体験、クイズや紙芝居などの催しが企画され、カキ氷やワタ菓子などの屋台も出て、みんなでお祭りを楽しみました。

戦争の現実を語る   久保田さんの講演
           
                         久保田弘信さんはイラク空爆前からバグダッドに滞在し、ミサイル攻撃を受ける現地の人たちの様子を日本に報道し続けた大垣出身のフォトジャーナリスト。この日も無差別の戦争に巻き込まれたイラク市民の惨禍を映像と共に話された。
今でもイラクやアフガンで米軍支援を続ける自衛隊派遣は、市民から反感を受けており、憲法9条をもつ日本が率先してすべき軍事以外の支援活動が多くある。平和を願う人たち一人一人が協力し、いろいろな場で声をあげていくことが大切だと訴えられました。
 
はだしのゲン上映! 今、核兵器廃絶に向かって
  「はだしのゲン」の舞台広島、今年の平和宣言で秋葉市長が次のように訴えました。
核廃絶を求める私たちが多数派であることは事実が示している 地球人口の過半数を擁する自治体が平和市長会議を支持しているだけでなく、核不拡散条約は190ヶ国が批准、非核兵器地帯条約は113ヶ国が署名、昨年わが国が国連に提出した核廃絶決議は170ヶ国が支持し、反対したのは米国を含む3ヶ国だけ。多数派の意思である核兵器の廃絶を2020年までに実現するため、世界の2368都市が加盟する平和市長会議では本年4月、核廃絶への道筋を提示する「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を発表した。日本国憲法はこうした考えの出発点であり、わが国政府は憲法を遵守し議定書採択を各国政府に働きかけ核廃絶に向けて主導的な役割を果たすことを求める。(一部抜粋)

お祭りひろばより  火おこし、紙芝居、カキ氷など楽しかったよ                                          


 

平和まつり中日新聞も報道
  この日、中日新聞記者も取材に訪れ次のように報道されした。
     
    





平和まつりを振り返り意見交換
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 今年の平和まつりの催しを一緒に準備してきた人たちが、こんな意見交換をしました。次回の催しにも活かして、より充実し発展した会にしていきたいと抱負を語りました。

「企画の内容は」 大変評判がよく「この催しに参加できてよかった、 来年も参加し  たい」という人が多かった。 とくに久保田カメラマンのイラク報告は、生の情報  を得る機会の少ない私たちにとって、とても印象的で、考えさせられる内容だっ  た。 若い人たちにも強い関心をもってもらったようだ。

「宣伝活動は」 今年は地域の小、中学校全てを回り、チラシ2000部を学校に配布するなど、とても画期的  なことができた。

「参加者の人数は」 広い地域から新しい人へと参加者が広がっている反面、子どもたちの参加が少なか  ったのが残念。 親の意思の影響が大きいので、親子で参加できる環境つくりが必要である。 賛同署  名頂いた人でも、参加にまで到っていないケースも多い。 気楽に参加できるよう開催場所や時期など  十分に配慮し、地道に働きかけていくことが大切である。

            

角丸四角形: 寄稿 戦禍の傷痕  今年春、カンボジアからベトナムを旅行してきました。 
ベトナムはホーチミン市にゆき、先ず行ったのは戦争記念館で、生々しい戦争の記録が残っています。 枯葉作戦の傷あと、ナパーム弾など、その恐ろしい威力と傷ついた人、見るに絶えられないような展示物です。

多くの米国人らしき見学者が来ていました。原爆資料館に比べれば数分の一の狭い博物館ですが、訴える意思は充分に伝わってきます。
次に向かったのは元大統領官邸です。サイゴン陥落の日、解放軍の戦車が突っ込んだゲート。  日本でも報道された「旧政権脱出」の屋上のヘリコプターが昔の状態で展示されています。 「解放の日」が思い出されます。

 市内から60キロ程の森の中に「クチの地下トンネル」というのがあります。いわゆるベトナム解放軍のゲリラ活動の幹線でもあり、延長500キロにも及ぶといわれています。入り口は小さくなっています。これは、体の大きい米軍人が入れないようにしているためです。 各種の攻撃にも耐えられるように3層4層の深い構造になっていて空気抜き、炊事の煙の処理など、種々の工夫が紹介されています。 付近の森は、当時、枯葉作戦で荒地となったが、今は、細くて若い木々が生い茂っています。戦争終結から30年も経ちます。
 トンネルへの往復の道は、国道8号線です。サイゴン陥落の前、解放軍がこの8号線をあと10キロ、5キロと迫ってゆく報道の記憶がよみがえります。街は、オートバイにあふれています。以前の中国の自転車の大洪水の絵と同じです。

 カンボジアといえば、ポルポト政権での大量虐殺が思い浮かびます。虐殺はすさまじいもので800万人の国民の内で150万人が虐殺されたともいわれます。想像を絶するものです。 私たちが訪れたアンコールワットやアンコールトムなどの遺跡では、内戦で破壊された遺跡、仏像などが目に付きます。広い遺跡の周りは大きな堀(写真)で囲まれていますが、この堀に居たワニは、この内戦で起きた飢餓により食い尽くされ、今では1匹のワニも居ないそうです。

 内戦が収束し、15年ほどの歳月が流れますが、隣のベトナムと比較すると、経済発展の面で、大きな差が見られます。観光地では、子供の物売り、傷痍者楽団などが目立ちます。内戦での戦傷者への保護の面では、まだまだのように見られます。

これらの国に二度と戦争が起きないことを祈らずにはいられません。    (ニッシー記)