LETTER FOR YOU
『二日前、あなたを町で見かけました。
僕が高校生のとき、ずっとあなたを見ていた場所です。
あの頃は、自分から声をかけることができなくて、
買い物をするあなたや友達と笑うあなたを、ただ遠くからみていました。
話しかけたいけれど、でも言葉がでてこない自分を
歯がゆく思ったこともしばしばです。
実はこうやって、あなたに向けて手紙を書くのは初めてではありません。
あなたが、メールのつばさ、だと知る前から、
僕はあなたにこうやって手書きの文字の手紙を書いていました。
あなたに伝わることはないけれど、
でも、僕はその日見かけたあなたの素敵な笑顔や想いをどうしても留めたくて・・・
それに、はやく日本語が上手くなって、
あなたを困らせてしまうような事がなくなるように、
何通も手紙をかきました・・・。
今はもう、昔の手紙はしまってあります。
卒業の日以来、あなたと会うようになり話をするようになってから
僕はぱったりと手紙を書かなくなりました。
留めることができないほど、たくさんの幸せがあったから。
あまりに楽しくて、手紙のことを忘れていたのでしょう。
ねえ、つばさ。
二日前に会ったとき、僕は声をかけられなかったのです。
それは前に声がかけられなかったときとは違う理由からです。
あの日、用事がある、と言っていましたよね。
でも、街で見かけたあなたはヒトリでした。
そして何か真剣な顔をして歩いていましたね。
僕はきっと、声をかければ良かったんだと思います。
こんなことで落ち込んでいます。
僕は自分の中にこんな嫉妬の心があることを
初めて知りました。
つばさのことを知りたい、と思ってしまうのです。
こんな嫉妬深い自分は嫌いです。
この手紙も、あなたに見せることなくしまうことにします。いままでのように。
僕のこの気持ちは、手紙に封じ込めて。
僕はあなたの笑顔が大好きです。
あなたの笑顔を壊したくありません…。
友達から、と言った自分の気持ちに嘘はありません。
でも、僕はあなたのことが好きです。
つばさが僕のことをどうおもっていても…』
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窓から差し込んだ日差しが、スカートから出たふくらはぎに当たっていた。
唐突に暑く感じて数歩横に移動する。
じんわりと額に汗をかいたような気がして手でぬぐってみたが
肌は逆にからりと乾いていた。
「・・・・・・・・」
視線が、手の中の数枚の紙とテーブルをせわしなく行き来する。
(とりあえず・・・戻しておこ・・・)
足の辺りだけ妙にあったかいのに、やけに緊張して指先だけはやたら冷える。
内緒にしていたものを読んでしまった罪悪感からか、やけに慎重にその数枚の紙は
もとにあるべき場所に戻された。
(・・・まだ、どきどきしてる・・)
冷たくなった指先を手のひらで暖めるようにしてから、小さく息をついた。
動悸は・・・なかなかおさまりそうもない。
5月・・・ゴールデンウィーク。しかも今日は最終日。5月5日。
今年のゴールデンウィークは連休とは言いがたい短さで、社会人には不評をのようだが
もともと休みの多い大学生にはあまり関係なかった。
連休は3日とも天気にめぐまれ、今日も暑いくらいの陽気だ。
さわやかな春風が吹き、空にはぽつんと浮かんだ雲がゆっくりと泳いでいる。
落ち着こうとして窓の外をながめてから、振り返って改めてここの家主を観察した。
傍らの大き目のダイニングテーブルにつっぷしている人物・・・。
それは、千晴だった。
ちゃんと規則正しく呼吸をしているから、本当にただの居眠り。
春のさわやかなそよぎの中で、閉じた瞳はまだしばらくあきそうにもない。
つばさは、なんとなく声を出すのが悪い気がしてそのまま静かにしていたのだが・・・
(不法侵入っていうのかな、これ・・・)
(でも、鍵あいてたし・・・)
根っから前向きなつばさのこと。
少し悩んでみたもののすぐに気を取り直して、手紙の主を観察することにした。
そぅっと顔を近づけても、まったく起きる気配もない。
深い青みがかかった髪が、さらさらと揺れて頬にかかっている。
まつげは意外に長い…って知ってたけど。
よく見てみると、普段は見慣れないそういうことになんとなくドキドキしてしまった。
(ほんとに、よく寝てる・・・)
頭の下敷きになっている腕が、そのうちしびれるんじゃないかと心配になったり。
あらゆる角度から観察してから、千晴の傍にストンと腰を下ろした。
フローリングの床が、日の当たっていた場所だけあったかい。
指先で木目をなぞりながら、その寝顔をじっと眺めた。
(でも、こんなに心配に思ってるなんて、しらなかったなぁ・・・)
机にでたままの紙とペン。
本当に人に宛てる用でないのが判るレポート用紙のような簡素な紙。
そこに綴られた、少し不器用な千晴の文字。
本当は駄目だ、とおもったのだが、どうしても気になって読んでしまった。
二日前の誘いを断ってしまったのを、気にしていたのは自分も一緒だったから、
今日ここにきたのだし・・・。
黙って何も言わないけど、色々ガマンをしている千晴を知っていて・・・。
いつも自分のことを考えてくれて、与えられる好意にすっかり安心していた。
(でも、千晴くんは不安に思ってたんだ・・・)
どれくらいその横顔を眺めていただろう。
差し込む日の光が少しだけ西に傾いて、観葉植物の葉の影が壁に届いていた。
つばさは不意にペンを取って、レポート用紙に幾つか文字を書きつけた。
考えながら、ゆっくりとひとつひとつ文字を綴る。
ひょっとしたら、千晴の文章よりもたどたどしい手書きの手紙を書き終えて、
傍らのカバンから、今日、彼に見せたかったものを取り出して手紙の横に置いた。
(千晴くん、いつ起きるかな・・・)
そしてまた千晴の横で机に頬杖をついた。
ちょっとだけ、いたずらっぽく微笑む。
千晴が起きたら、きっとびっくりするだろう。
その顔を創造したら、余計におかしくなった。
本当に驚いて・・・
そして、きっと喜んでくれる・・・
そしたら、わたし、千晴くんの話、いっぱい聞いてあげよう。
今まで私のことを聞いてもらっていた分も、たくさん・・・。
あのね、千晴くん・・・
ううん、本当は千晴って呼びたかったんだ・・・
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『 千晴くんへ
おとついの事、ごめんね。
本当に声をかけてくれれば良かったのに。
内緒にすることでもなかったけど、でも、驚かせたかったんだ。
だって、今日はこどもの日でしょ。
千晴くんにこれを見せたかったの。
ちょっと小さいけど、でも可愛いなって思って・・・。
あのね、私。
恥ずかしかったから、友達からって言葉に甘えていたけど・・・
でもね・・・
千晴くんのこと・・・好きだよ。
誰よりも・・・』