「妖魔の騎士」

フィリス・アイゼンシュタイン著 井辻 朱美訳ハヤカワFT文庫
 ISBN4-15-020055-6
 ISBN4-15-020056-4
 この物語は、まず、一つの被害妄想から始まります。魔術師レジークが同じ魔術師であるデリヴェブに求婚し、断られる。本来、それだけで済んでいたはずの物語です。しかしそれでは終わりませんでした。 「自分に欠点はない→それなのに求婚が断られた→自分は憎まれているに違いない」  という奇怪な論法から彼は一つの計略を実行に移します。デリヴェブの魔力から逃れるため障壁を作る。それを気取られないためにデリヴェブの魔力を弱める。そのためには……彼女を妊娠させる。その間は彼女の魔力が弱まるのだ。……  といった事情で彼の忠実な手下、炎の妖魔ギルドラムが人間に化けてデリヴェブをたぶらかすのである。……  外道な話ですね。読んでる最中は、華麗な文体、レジーク、ギルドラム主従の(傍目には)笑えるやり取りなどもあって、そんなに気にならないのですが、こうして粗筋にしてみるとその外道さ加減が際立ってきます。  で、こうして生まれた子供がクレイ。通常こうした話の主人公となるはずなのですが、この物語に関して言えば、半主人公、とでもいいましょうか、話の進行役を努めることになります。少年はやがて成長し、自分の父親を求めて旅に出ます。その少年に、妖魔ギルドラムが父性愛を抱くようになり……以後の展開は読んでのお楽しみ。  この本を、こちらのコーナーに入れたことでお怒りになる向きもあるかもしれない。多くの読者がこの物語の魅力を熱く語るのを見ました。web上の書評サイトでは好評です。15年間、版を重ねています。何より、訳者の井辻さんが物語の狂言回し炎の妖魔ギルドラムの魅力について何度となく語っています。  わたしがこの物語を読んでて、どうにも妙だなあと思ったのは、少年クレイがいかにも「良い子」なことで、まあ親の言いなりというわけでもないんですが、反抗の仕方が妙に理性的で、健気とかを通り越してるような気がします。  自分の挙動が母親から延々監視されてるにもかかわらず、何のストレスも感じないという……。  十四才の少女からデリヴェブを魅了した青年騎士まで様々に姿を変える妖魔ギルドラムの描写については、大して抵抗も感じなかったのなあ。(でも解説でギルドラムが父性愛に目覚めるって書いてあるけど、あれって父性愛だろうか。父性が親としての厳しい側面だとすると、そんなもん発揮してないぞ。クレイが良い子すぎるからだけど)  クレイが妙に陰気に育ったりするとテーマがずれるというのはあっただろうけど。  女性作家だから、ってな書き方はしたくないし、こんな話にはしないだろうという女性作家も大勢いるけど。プロットはともかくとして雰囲気としてはそんなに陰惨醜悪なものは書かない人なんだろうな。文体も柔らかいし、妖魔が四大元素の現われなんだけど火、水、風と後一つが土じゃなくて氷。どうしても美しいイメージの方に目が行ってしまうんだろう。多分。  あ、あと、どうしても納得できないくだりを一つ。ここでギルドラムは十四歳の金髪の少女の姿でクレイと対面する。 「ありがとう、あなたのお名前は」 「ギルドラムです」 (中略) 「いかにも可愛い女の子といった感じの名前ですよ」 下巻35ページより抜粋……。



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