「水の都の王女」
J・グレゴリィ・キイズ著 岩原 明子訳ハヤカワFT文庫
上巻 660円 ISBN4-15-020237-0
下巻 660円 ISBN4-15-020238-9
異世界ファンタジーもの、と言うのは買うのに少し勇気が要ります。つまらなかったらどうしよう、と言うのは別にどの本を買う時でもつきまとう悩みですが、わたしはどちらかと言うと物事を途中で投げ出すと言うことが出来ないたちで、しかも、異世界ファンタジーものは総じて長い。で、結果として、延々引っ張っている物語につき合った挙げ句、途中で話がつまらなくなっていき、それでも、なんとなく義理立てして後悔するとか……
短篇集の方があとくされが無くていい、と思うことが良くあります。
それでいてこの本を買ってしまったのは、この本が上下2冊で完結だと思い込んでいたから。ところがこの本、三部作の第一章だったんですね。
ぬーーぬかったーー。と思ったんですが、読み始めてみると、面白かった。
大河の神の力を背景に、絶大な権力をもつ王チャンクゲ、その王の娘ヘジは、おさな馴染みの突然の失踪から、自分たち王族の出自に疑問を持つ。何度もの失敗を繰り返す内に次第に明らかになっていく王族の秘密。しかし、解き明かされた秘密はヘジに大きな決断を迫ることとなった……
一方、北方の谷間に暮らす騎馬民族の間では、土地が不足し始めたこともあって新たな谷を得るために森の神に開墾の許しを得るべく旅立つ。その一行の一人ペルカルは、旅にあたって、もう一つの目的を持っていた。やがて、その行動が取り返しの付かない結果を招き呪われた人生を歩み始める。
二つの物語が交互に語られ、物語は大河をキーワードに、やがて一つになることを予感させつつ進む。
特筆すべきなのは、二つの物語の背景となる文化の描写で、かたや、自然信仰を持つ騎馬民族、かたや大河を力の源とする帝国、と、モンゴル/ネイティブアメリカン的な文化、かたやエジプト、中国的な文化を巧みにかき分けている点で、こうした文化の違いは物語の進行のなかに無理無く織り込まれています。
ヨーロッパが抜け落ちている。従来の中世風ファンタジーが、中国風な世界やモンゴル風な世界、日本みたいな世界を書くとしても、ヨーロッパのような世界と対比させるような存在として書かれることが多かったように思います。それが、この作品では意識的になのか、ヨーロッパ的な要素を抜いているのです。たったそれだけで、結構新鮮でした。
ペルカルたちの神への祈りのシーンなんかも日本の田舎のまつりにあんなのがありそうだなと思わせる自然な物です。エリック・V・ラストベーダー(笑)に比べれば……とか言うんでなくて、本当に。
物語の方は二人の主人公がそれぞれ個性を発揮し、話を引っ張っていく気持のいいもので、途中で展開が読めてしまうとはいえ、途中に来る断章もいい味を出しています。ラストがちょっとぎこちなかったかな。
ともあれ、久しぶりの純然とした異世界物ということもあって、楽しめました。あとは続編がちゃんとでることを願うばかり。なにしろ「フィオバナール・タペストリ」「世界のレンズ」を出した(出さなかった?)ハヤカワFTが版元なのだ……。
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last modified : 2009-11-07 13:12:49
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