「風のガリアード」
ピーター・S・ビーグル著 山田 順子訳ハヤカワFT文庫
660 ISBN4-15-020160-9
これを紹介しないわけにはいくまいというような傑作なんだけど、いざ紹介しようとする段になるとどう紹介したものか、迷ってしまう作品である。作品全体の持つ雰囲気が魅力なんだけど、それを作品よりも短い文で伝えきれるはずが無いし。とりあえず、あらすじから紹介するしかない。
舞台はアメリカ。放浪癖のあるリュート(ヨーロッパの古い弦楽器の一種です)奏者の主人公ファレルが久しぶりに学生時代を過ごしたカリフォルニアに戻って来るところから物語は始まる。物語の筋は二つに分かれる。
一方でファレルの元恋人や、旧友が参加する奇妙な団体の営みが描かれる。その団体「古代の娯楽を追求する連盟」は会員全員が中世の衣装を身にまとい、中世風の名を名乗り、舞踏会やサバイバルゲームを楽しむのである。(こういう団体、実際アメリカにあるそうです。以前NHKでやってました)会員は皆、自分がより自分らしくいられる場所を求めて集まって来る。
その一方で、母親と息子の戦いが書かれる。彼らは太古の昔から存在する生気に満ち溢れた神であり、アメリカの日常の中ですごしつつもいとも簡単に超常現象を引き起こす。耀くばかりの美貌をもち、貪欲で、破壊的な衝動の固まりである息子、ニコラス・ボナーは「古代の娯楽を追求する連盟」の会員の娘、エフィーを媒介として母親シアに挑戦する。その過程で、面白半分の、人を人とも思わぬような無邪気で邪悪な魔法が、「連盟」を見舞う。……
「古代の娯楽を追求する連盟」の人々が仮装を仮装として楽しみ、日常と非日常を行ったり来たりして、精神のバランスを取っているのに比べ、神はあくまで神そのもので、互いの感情をむき出しにして壮絶にぶつかり合う。そんな対照的な物語が交互に進行しながら、浮かび上がって来るテーマは「孤独」ではないだろうか。主人公ファレルが物語を傍観するばかりで、進行にあまり役に立っていないながらも、それが余り気にならないのも、この「孤独」と言うモチーフを担っているからと思う。
作品の中で人々は、孤独に悩まされながらも暗くはならず、カラ元気でもなく明るい。解説に「冬の晴れた日のように静かで透明な寂しさ」とあるけれど、孤独を異常な状態としてでなく、あるがままに受け入れているところが、そんな雰囲気を醸し出すのだろう。「アメリカ生活には孤独はつきもの」と司馬遼太郎がどこかで言っていたのを思い出した。いかにもアメリカ的な小説と言う感じがする。
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last modified : 2009-11-07 13:12:18
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