時が経っても、また死の時も、私たちがアイルトンから切り離されることはないでしょう。
彼の一部はわたしたちひとりひとりの中にあります。
彼の決断、勝利に対する意志、彼の勇気はいつまでも私たちの上に残るでしょう。
ここ数日、私は愛と尊敬の表示をかつて経験したことがないほど見て参りました。
ひとりの英雄が世を去りました。
しかし、ここにひとつの民族が生まれたのです。


                   ヴィヴィアンヌ・セナ (セナの姉。葬儀の際の送辞より)
アラン・プロスト (元F1ワールドチャンピオン)

アイルトンと僕はレース前日、過去のわらかまりを捨てて、再び良い関係を取り戻したところだったのに。
スタート前、TF1(プロストが解説を務めるフランスのテレビ局)のインタビューで『アラン、君がコースにいなくて淋しいよ』と言った言葉が最後のメッセージとなってしまった。
アイルトンとレースで争うのは、素晴らしくまた光栄なことでもあった。プロフェッショナルとして尊敬できる唯一のドライバーだった。
あのコースアウトはアイルトンの責任じゃない。アイルトンを死に追いやったのは、興行目的の新しいレギュレーションのせいだ。ドライバーの考えも聞こうとしない老人達が、レギュレーションを決めているんだ。
ナイジェル・マンセル (92年F1ワールドチャンピオン)

恐ろしいほどのショックを受けた。土曜日にローランドが亡くなっただけでも驚いたのに、その翌日にアイルトンまでが命を落とすなんて・・。この週末は、暗黒の週末としてモーターレーシングの歴史に残ることだろう。
アイルトンと僕はともに戦い、何度もエキサイティングなシーンを演じてきた。とにかく何と言っていいのか、言葉が見つからない。アイルトンを失ったことはモーターレーシングのみならず、外の世界にも大きな波紋を呼ぶだろう。
アイルトンとローランドの家族に心から祈りを捧げたい。二人のことは決して忘れることはないだろう。
中嶋 悟 (87年セナのチームメイト)

87年に初めてF1の世界へ33歳という遅いデビューをした僕にセナはよく面倒をみてくれた。
彼はその時GPドライバーとして4年目、ホンダエンジンを得て、チャンピオンになるために狙いをつけていた年だと思う。しかし、アクティブ・サスのロータス99Tマシンの熟成が進まず苦労していた。そんなシーズンだったが、僕にとって初めてのサーキットでのレースウイークには時間をさいてコースの詳細をよく教えてくれた。
他に、F1会の政治的なこともアドバイスしてくれたりもした。
たぶん、セナが南アメリカ大陸のブラジルからヨーロッパに渡って来た頃の自分と、やはり極東からレースの為だけにやってきた僕とが重なったのかもしれない。
そして、ホンダの日本人スタッフに対しても、そんな思いがあったのだろうか。
何故か、日本人の琴線に触れてくるようなところがあった奴だったと思う。 
デイモン・ヒル (94年ウイリアムズチームメイト)

ローランドとアイルトン、二人を失ったことに誰もが傷ついている。
アイルトンは安全面を常に気にしていた。でもどんな不満があっても、ひとたびコックピットに座や、全力で走り出すんだ。如何なる時も100%の力を絞り出していた。だからこそ、どのドライバーからも賞賛を受けることができたんだ。
短い間だったけど、アイルトンをチームメイトに持ち、一緒に仕事が出来たことが、どれほど幸運なことだったか、僕は決して忘れない。
ルーベンス・バリチェッロ

セナの死で、我々はF1ドライバーのリーダーたるべき人間を失った。ドライバーズミーティングで、生命のリスクや事故の危険性についてディスカッションになったときは、話の中心だった。我々にはセナの後を継ぐ人間が必要だった。
ベルガーかアルボレートならそれができるかも。個人的には、お礼を言えないほど色々世話になってきた。お返しが出来ないことが悲しい。
マイケル・アンドレッティ (93年 マクラーレン・チームメート)

なんてことなんだ。まだまだレースレースでやることがあった。何回も何回も勝てたのに。
偉大なドライバーだった。
去年、僕がF1でトラブルを抱えているとき、親身になって助けてくれたのが、アイルトンだった。
ニキ・ラウダ (元F1ワールドチャンピオン)

現在のF1は残酷だ。誰もがそれを見たはずだ。
史上最高のドライーもデビューまもないドライバーも命を落としてしまう。
何かがおかしいのだ。この悲しみを乗り越えて、F1の安全面を根本的に調査する必要がある。
FIAはドライバーと真剣に議論しなくてはいけない。F1マシーンの問題点を知っているのは、F1ドライバーだけなのだ。
マリオ・アンドレッティ (元F1ワールドチャンピオン)

セナとはいつもいい関係にあった。去年はマイケルをずいぶん助けてくれた。
今シーズンマイケルがサーファーズ・パラダイスの開幕戦で優勝したときも、真っ先にお祝いのメッセージを送ってきたよ。
悲しいことだ。F1にとってのみならず、ブラジルにとっても大きな損失。F1でセナのレベルに達している者は他には誰もいない。最高のドライバーだった。
セナがドライビングミスをした可能性はまったくない。あのコーナーは、ステアリングを数センチ切ればクリアできる場所だから。メカニカルトラブルさ。チームは認めないだろうがね。
エマーソン・フイッティパルディ (元F1ワールドチャンピオン)

セナほどに、スポーツを愛し身を捧げた例はめったにない。
モータレーシング界は一人の偉大なアスリートを失い、私は大切な友人を失った。
セナのいないF1。
それは以前とはもはや別の物なんだ。現代のF1マシンは、あまりにも軽量で最高速が速すぎる。
このイモラの事故は、惰眠をむさぼっていた連中の目を覚ましたことだろう。レギュレーションを根本的から見直さなければならない。
ジャッキー・スチュアート (元F1ワールドチャンピオン)

セナがモーターレーシングの歴史に残る偉大なドライバーだったことは疑うべくもない。
現代では最も速く走る才能に恵まれた男だった。ジム・クラーク、ニキ・ラウダ、アラン・プロストなどと並び称されるドライバーだった。もちろん近年ではトップ中のトップだった。
それだけに、今度の事故には、誰もが衝撃を受けている。
スターリング・モス

アイルトンは比類なき男だった。偉大なドライバーは、と問われれば、私は、ヌボラーリ・ファンジオ、ジム・クラーク、そしてアイルトン・セナを挙げる。
つい1月ほど前のセナを思い出すと、涙が出てくる。
やる気十分で開幕戦が待ちきれない様子だった。
突然マシンが方向を変えてコースアウト。セナほどのドライバーがやることではない。
いきなり操作不能になったとしか思えない。
フランク・ウイリアムズ (ウイリアムズ代表)

ウイリアムズ・グランプリはひとつの家族だ。
アイルトンはつい最近、我々に仲間として加わったばかりだったが、それ以前から、私はアイルトンと良き友人だった。
アイルトンが最初にドライブしたF1はウイリアムズのマシンだったことも誇りに思っている。
アイルトンはすべてをチームに捧げてくれた。そしてモーターレーシングを心から愛していた。
我々は、これからもグランプリチームとしての仕事を続けていく。
それがアイルトンの望みであるとも思う。これから成し遂げることをアイルトンに捧げられたらと願っている。
アイルトンを失ったことがどういうことなのか、言葉で表すのは不可能だ。誰もが特別な人間を失ったと思っているはずだ。
ロスマンズ・ウイリアムズ・ルノー・チームは、アイルトン・セナに心からの尊敬、賞賛、愛情を惜しまず、そして忘れることはないだろう。
最後に、遺族および友人の方々に祈りを捧げたい。
ロン・デニス (マクラーレン代表)

アイルトン・セナは、希にみる偉大なドライバーだった。
同世代のドライバーを無価値にしてしまうほど飛び抜けた存在だった。
マクラーレンで3度のチャンピオンを獲得したが、仕事仲間であるだけでなく、我々は友人でもあった。
時には対立することもあったが、モータースポーツに対する情熱を通じて互いにに尊敬し合っていたと思う。
アイルトンはどんな時でも、限界ギリギリまでポテンシャルを引き出す才能を持っていた。マシンを走らせる才能は偉大の一言に尽きた。
同時にマシンに何が起こっているかを確実に把握していた。アイルトンのもたらす情報はすばらしいものだった。
詳細を究めるとはまさにこのこと、我々は多くの情報を手に入れることができた。
この才能とエンジニアの力で、最大までマシンのパホーマンスを引き出すことができたんだ。
アイルトンはいつだってベストを出すことしか考えていない男だったから。
参考書籍 Thank you ATRTON ,Good bye SENNA(F1速報6/16臨時増刊号より)
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