1.This is my opening day:特別な一日が始まる

行政書士をやってみたらどうだ? とある人にすすめられてからちょうど4年。慣れない法律書を繙き、大学受験以来の受験勉強に挑戦して、試験を受けること4回目でやっと合格できた53才、前々職薪割り屋の男です。(2010/5/18)  

2.Go for broke:行政書士って何をするの?

行政書士の仕事がよくわからないのはボクのせいじゃないです。53才、前々前職舞台監督のこのボクは当然、実務経験なし。
当たってくだけろ! です。
このサイトもリンクばかりで申し訳ありません。でも、リンクが多いのはボクのせいじゃありません。

3.City of broken hearts:本当に困っている人のために

自分のせいじゃないのに職を失ったり、いつの間にかひとり暮らしを余儀なくされているお年寄りなどが、たくさん身のまわりにいるのが当たり前の時代になって、そういう人たちが本当に困っているときに、役に立てるlawyer(広義の法律家)として、ボクは存在したいと思っています。
このサイトは、そんな、本当に困っている人のところに届けばと思っていますが、そういう人たちはネットを検索する余裕などあまりないのかもしれません。

4.I'm your handy man:走る代書屋

ボクの前職は便利屋でした。試験勉強のあいだの4年間、親方のところでお世話になりました。
親方が一番大事にしていたことは何か。「フットワーク=機動力」です。困っているという電話があったら、まず何をさしおいても、現場に駆けつける。現場に出向いて、その人の話に耳を傾ける。
ボクも、走る便利屋、じゃなくて、走る代書屋、をめざしたいと思っています。

5.Lawyer on the run:自転車で地球1周

前々前職舞台監督時代に(正確には、舞台管理人なのですが)、家から仕事場まで自転車で通勤(正確には、あいだにJRをはさんで)しました。およそ5年間で4万キロを走りました。それは地球を1周できるほどの距離だそうです。

舞台監督時代の初めのころ、尊敬していた師匠とふたりで「夜走組(ヨバシリグミ)」という事務所を作っていたことがありました。夜中に走ってばかりいたんでしょうね。
前々前職よりもさらに以前、コンサートの主催者をしていたことがありました。そのときのチームの名前は(チームの相棒は昨年暮れに亡くなりました。合掌)、「ちゃりんこボーソーゾク(本当は漢字なんですが、lawyerの前歴にはふさわしくないかもしれないのでカタカナにします。ちゃりんこのほうはもともとひらがな)」といいました。
「自転車」、「走る」がボクのキーワードです、と言いたかっただけです。実は。

自転車で走ること。それはエコのため、もちろん。自分の健康維持のため、もちろん。だけどそれだけじゃないものが、自転車にはあります。それは乗ってみないとわからない。1日や2日じゃなく、できれば1年続けて。
すると世界は変わります、確実に。
アナタは、可能であれば、クルマで行くより自転車で行きたいと、切に願うようになります。

自転車

6.My life is a broken record:文書を破棄している

自分の人生が挫折と敗北の連続であったと、ぼろぼろの記録であったと、ボク自身の口から申し上げることはどうかと思うが、かつてジョン・ハイアットという歌手はそういう歌を歌っていた。
「文書を破棄する」という歌だ。

ボクは夏のオリンピックで
合衆国を代表しない
ボクの性格はクエスチョナブル
ボクの人生は同じことのくりかえし

ボクは文書を破棄する
ボクは口を閉じたまま
ボクはラジオの音量を下げ
ボクはかわりにレコードに語らせる
ボクは文書を破棄している
交換機のランプがついている
でもボクは誰からの電話にも出ないだろう
電話をかけてきたのがラリー・キングであっても

噂や中傷がなんだ
イーグルスも再結成したことだし
二〇世紀はもうそろそろおしまいだ
終末はどんどん迫ってくる

"John Hiatt / Walk on"(1995)というアルバムの10曲目。
"Shredding the document"という歌。
変な歌だけど。スキです。
ちなみにラリー・キングは北米で有名なニュースキャスター。
イーグルスは1982年に解散したけど、94年に再結成。代表曲はもちろん「ホテル・カリフォルニア」。

7.Up on the tree:くすのきとボクと、時々、けやき

事務所は我が家に併設しています。いずれどこかに事務所を借りるつもりなのですが、今はまだ余裕がないので、しばらくは自宅兼です。
事務所の近くにはくすのきとけやきが立っています。
トトロはまだいないけど、くすのきが事務所のシンボルです。(2010/5/18)

8.no pessimism,no optimism:巧言令色すくなし仁

開業して3ヶ月がたちました。 この3ヶ月で、ワールドカップが始まって終わり、ツール・ド・フランスもそろそろ佳境にはいります。
Jリーグが再開され、8月からはヨーロッパの各国リーグも始まります。いつもの夏がやってきました。

この間、手がけた仕事は2件。なんとなく進行中なのが1件。予約が1件。希望的観測が1件。
NTT電話帳に広告を掲載(発行は10月)。ホームページを作成して、問い合わせはゼロ。まあ、予測はついてましたが。
チラシを作って約1000枚配布、問い合わせゼロ。こちらもまあ、予測の範囲内ってところです。

今のところ、こんな状況です。
悲観はしていませんが、楽観もしていません。
チラシの配布(各戸ポスティング)は継続中ですが、この暑さで、ちょっと中断。危機感はあっても、無理はしない。大事なことじゃないですか。

行政書士の仕事って何よ? と自問の毎日です。
やれることはたくさんあるのに、誰も、やってくれとは頼みに来ません。理由はいろいろ、人生イロイロ。
要は宣伝不足と、経験不足なんでしょう。
だけど、50年とちょっと生きてきて、一度も行政書士の世話になったことのない男が、現にここにいるのですから、悲観は禁物ですね。

訳あってときどき前職の便利屋を手伝っています。
最近の運動不足がたたってか、この前2日続けて剪定の仕事をしたら、足腰が立たなくなりました。油断禁物、巧言令色すくなし仁。ちょっと違うか。でも、まあそういうことです。(2010/7/23)

9.Broken heart for sale:何でも屋でも生きのびる

8月の終わりにチラシ(「便利屋が行政書士を始めました」)5,000枚がなくなった。効果の方は、便利屋の見積もりの電話が1件あったのみ。
便利屋の親方は、ポスティングの法則を説いてくれた。くりかえし、くりかえしチラシをポストに入れることで、信用を得ることになるんだよと。

たとえば。
北陸の山間部、人口3000人の小さな村の診療所に、医者は一人だけ。この先生は何でもやらなきゃいけなかった。外科、内科、小児科それに放射線技師も。午前中は外来患者を診て、午後は訪問診療に飛びまわる。
この医師の「何でも」と、ぼくの「何でも屋」とは、その価値が違う。
まわりに他のエキスパートがいないから、何でもやらざるをえないのと、まわりにエキスパートはたくさんいるけど、何でもやらなきゃ仕事にならないから、なんでもやるのとは。

何でもやることを売りにするのもどうかなと思うこともないわけでもない。けれど、今はぜいたく言ってる場合じゃない。
やらざるをえないからやっているという状況においては、どちらも変わらないようにも思えるけど、どうかな。

何でも屋でも生きのびていくぞという意志の継続のために、また新たにチラシ(「行政書士+便利屋のご案内」)を作り、ポスティングを再開することになる。どんなに効率が悪くても、法則はいつかぼくにほほえんでくれるだろう。

やってみなきゃわかんないよ。
というのが、ずっと自分を動かしてきた行動原則なのかもしれないと、いまここで書くのもどうかと思うが、そういう傾向が前々職や、前々前職にもあったことは否定できないと思うし、それを積極的に認めることで、いまはやっぱり、ぼちぼち、地道にポスティングですかね。(2010/9/30)

10.Last exit to heaven:最後の職業の初仕事

今年の初仕事は大阪のクルマ屋さんから依頼を受けた軽自動車の移転登録だった。
軽自動車検査協会というところに出向いて、書類を書いたり、ナンバーを返したりすると、新しい車検証とナンバーをくれる。それを大阪のクルマ屋さんに送れば仕事は完了。
去年の暮れにも、東京のクルマ屋さんから、車庫証明の依頼をもらった。
どちらのクルマ屋さんも、このサイトを見て電話をくれた。「クルマの名義変更」「車庫証明」引き受けますというサイトはネットで探せばたくさん出てくるのに、わざわざぼくのところを選んでくれたからには、きちんと対応しなければという思いは、さらに感謝の心持ちを惹起する。

このサイトをどんなイメージで更新していくか、ときどき考える。トップページに「クルマの名義変更」や「車庫証明」を、ばーんと載っけたほうが目立つぞ、とか、「NPO法人設立のご相談承ります」などと書いたほうがいいんじゃないか、とか、いろいろ考えてみる。

去年の秋には、実際にNPO法人を作りたいという人から連絡をもらった。事務所からはちょっと遠いところの人だったけれど、会ってきた。結果的には、仕事には結びつかなかったが、その人もやはりこのサイトを見てくれていた。

自分には、何がキーワードになっているのか、よくわからない部分もあり、まあ、もう少しこのまま置いておこうかなと考える。

トップページのまえがきにあるように、20代の初めから、いろんな職業をやってきた。ぼくの舞台監督時代の師匠は、自分の20代を「本職探しの10年」と総括していたが、本職探しの期間がずっと続いたままのぼくは、これからも本職を探しながら、でも、この仕事がきっとぼくの最後の職業になるのだろうな、という気がしている。

去年の暮れのころには、ポスティングで配ったチラシを見て、便利屋の仕事を依頼してくれた人たちも何人かいた。
ネットとチラシ。このハイテクとロウテクの組み合わせが、今のところ、ぼくの仕事の大事な部分かもしれないと思う今日このごろだが、せっかく電話帳広告も出したんだから、そっちからも依頼がないかなと考えることもあるこの年の始まりは、いまだ出口の見えない地下街をウロウロしているようなもの。 (2011/1/11)

11.Nobody loves you when you're down and out:これでいいのだ

3月の終わりにトップページを作り直して、メインの仕事をクルマ関係に特化していこうなどと考えてはいたのですが、現実にはそう簡単にはいかないもので、その後の半年で、クルマ関係の仕事の依頼は数えるほどしかありませんでした。 このままではいけないと思うのですが、次の一手が思い浮かびません。他の方々の事務所のサイトや士業紹介サイトなどを見てみたりしたけれど、使えそうなアイデアは浮かびません。

開業して1年半の、まだ新米であることは、隠しようがないことだし、だけど、その分愚直に、素直に、ていねいに対応していくことしかできないと考えて、仕事をやっていこうと思っているのですが、なんでもそんなに簡単にはいかないもののようです。

夏には、建設業許可の新規申請の案件があって、土木事務所と、関与先の会社へ何度も往復しました。新米なんだから、費用対効果など気にしていられません。こまめに足を運んで、相手とコミュニケーションを図って、何をどうすればいいのか確かめて、ひとつずつこなしていきました。 無事許可がおりたときは感慨もひとしおでした。(2011/10/15)