―ゆきいろ―




すっかり遅くなってしまった・・・・・・

ついつい友達と話し込んでいたら、いつの間にかこんな時間になってしまっていた

時刻は午後7時。

だが今は冬。
もちろんとっぷり日は落ちて辺りは闇色に染まっていた。

まあ、それでもあちらこちらに外灯の光がともされているので、足元を照らす位には明るいけど。


――――早く帰らないと。
あと15分で塾の開始のチャイムが鳴り響く。

学校から家までは約30分。

ちなみにここから家までだと15分といったところか・・・・・

僕の家の3つ隣に塾はある。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

はっきり言って間に合うかどうかは、とっても微妙だった。

塾は厳しい。
いや正確に言えば僕を担当している塾の講師は厳しい。

どれくらい厳しいかといえば、3分前にはきちんと勉強できる体制で机についてないと鞭が飛んでくるくらいだ。

だから勿論―――僕は今日も近道をすることにした。


―――――早瀬第二公園。
ちなみに第一公園はこの近辺にはなので、少なくとも僕は知らない。
たしか僕が生まれる前になくなったとか言ってたような気がする。――――今は亡きじいちゃんが。

早瀬第二公園を突っ切ると3分は短縮できる。
今の僕にとってこの3分は大きい。

――――ただ問題があるといえばあった。

最近というか――――少し前からその公園には夜な夜な女の幽霊が出るという噂が
まことしやかに近所(特に30代から50代の奥様方)に流れていたコトだった。

正直、僕は幽霊は苦手だ。

勿論僕だってそんな噂を100%信じているわけじゃない。
――――信じているわけじゃないけど、気持ちのいいもんでもない。

特に今日みたいに真っ暗で人気のない時間帯にそこに踏み入るには、すこしだけ勇気を必要とした。

が、背に腹は変えられない。

痛いのは嫌だった。

そして熱いのも――――嫌だった。





僕は公園に入ると、一気に駆け抜ける

こう見えても僕は『かけっこ』が苦手だった。
――――が、なぜか中学、高校と上がるにしたがってちょっぴり、短距離走でタイムがよくなってきたのは
―――誰にも言ってないが―――少し自慢だった。



そう言えば――――ぐんぐんとスピードを上げ、鉄棒の横を過ぎ去り、ブランコを脇で見ながら、

ふと僕はこの公園の伝説を思い出していた。
確か『この公園で7年ぶりに再会した男女は必ず――――』


「ジュン君?」

「――――え?」

気づいた瞬間にはもう何もかもが手遅れだった。

目の前には麦藁帽子を被った女の人がいた。

目の前だ。

僕は今、僕の中で最高時速を出している。

目の前だ。

僕はつまりは小型ののぞみ号だった。

目の前だ。

僕はもうどうしようもなかった。

どうしようもないまま、それでもどうにかしようとして


結果


体制が崩れたまま、僕は彼女と正面衝突した。



・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・


一瞬、こことは違う場所、こことは違う時間の流れの中に身を置いていたような
気がするのは果たして僕の気のせいだろうか?
気のせいなのだろう。

と。

目の前には彼女がいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女はぐったりとしていてまだ意識を取り戻していないようだった・・・・

僕は何故こんなことになってしまったか―――記憶をたどってみる。

まずは状況を把握する事が、一番の―――つまりは最優先事項だろう。

ええっと、確か僕は塾に行こうとして、近道しようとして、
モノ思いに耽っていたら、いつの間にか目の前にいた彼女にぶつかったんだ・・・・・・

うん、これは止むを得ない事故だろう。

そして僕はぶつかる瞬間体制を崩したんだ。
ぶつからないようにしようとして。

嗚呼、そうか、だからこんな普通ではありえないような体制―――つまりには
ヨガとか言われるものでこんなポーズがあったような気がする―――体制で転がっているのか。

無様に。


いやそれは僕だけでなく、彼女にも言えることか。

そう思うと、少しはこのこの上なく情けないような僕の気持ちにも慰めのような
感情が湧いてくる――――ような気もしないわけではない。


よしこれで大体、今の状況は把握できたぞ。

さて、これからどうするか、そう、それだった、――――問題は。

僕はできるだけ、彼女からまず離れるようにして身体を動かすと、次に起き上がる。

よし僕のほうはなんとか、骨格系に異常はないようだ。

すこし左足の筋が痛むようだがこれくらいなら大丈夫だろう。

僕は身体が丈夫な事だけは昔から自慢だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女はまだ意識を取り戻していないようでぐったりとしていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・どうしよう、マジで。というかなんでこんな時間に、こんなところにそれも一人で居るんだろう。

もしかして――――もしかすると
――――これが噂のマイトガ―――じゃなかった幽霊?

マジでそれは勘弁して欲しかった。

でもぶつかったし。

それって実体というか身体があるってことじゃないのか?

いや、もしかしたら実体(身体)のある幽霊ってこともありうる。

色白いし、白いワンピースだし。麦わらだし。

でも幽霊って本当に肌、白いのばっかりなのか?
なんとなく透き通っているイメージから白い肌ってのをイメージしてしまうけど。

というか白のワンピースはまずいだろう。
今、冬だし。

――――ということは彼女は幽霊なのか。
――――そうなのか。

ふぅー。

僕はため息をついた。

まさか本当に幽霊に出くわすとは。

昔から変なものとは縁があるけど(キツネとか怨霊とか)、それでも
本物を、こんな間近に見たのは―――それもぶつかったのはこれが初めてだった。

とりあえず幽霊なら大丈夫だろ。もう死んでいるわけだし。
これでまた実は頭打ってて、半身不随とか、命の関わりますとか言われても
あまつさえ死んでるんだし・・・・。

あーでも半身不随というか生きているうちに片足を亡くして、死んでもまだ片足がないままの
幽霊っていうのもアリか・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
つまり、なんだ。
僕は、これで幽霊殺しになっちゃったってわけでー、つまりは前科モノっていうことなのか・・・・。

・・・・ウソだろ。

なんてこったい。

僕の人生、これからだと思っていたのに。

まだ何にもやってないのに。

美味しいモノも一杯食べて、外国とか回って、月とか火星とかも一生に一回は行ってみたかったのに・・・・

これでも僕は人生の8分の1を暗い暗い鉄格子の中で、ドックフードを食べながら生き、
それからは前科モノとして、世間から後ろ指刺されて生きていくんですね。

嗚呼天は我を滅ぼせり、天は我を滅ぼせり。

もう何もかもがどうでもいいいや・・・・・

『うぅぅん・・・・・』
どうやら幽霊がお目覚めになったらしい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
なに、お、お目覚め!!
ということは僕は幽霊殺しという汚名を着せられる事もない!!

ハレルヤ!!

やっぱり神様はいたんですね。

ありがとう神様
信じてたよ神様
やっぱり神様っているんですね

やっぱり信じるものは救われるんだなぁ、僕はしみじみそう思った

よしこれは家訓としてちゃんと末代まで伝えてよう。

『ジュン・・・・・君?』

「・・・・・・・・・・・・・・」
いきなり僕の呼び名―――それも結構昔の―――を呼ばれ僕は思わず周りを見渡す。

僕と幽霊少女以外誰もいない。

ということは間違えなく幽霊少女が僕に向かって言ったってことになる・・・・

でも僕は幽霊に知り合いなんて居ないはず――――

『ジュン君だよね』

ジュン君だった。

と言うかよく考えてみれば死んだものが幽霊になるんだから、幽霊に知り合いはいなくても、
知り合いが幽霊になることはありえるのか・・・・

ってマジかよ!?

『ジュン君!!』
幽霊はいきなり僕に抱きつく。

世界広し言えどいきなり、幽霊とぶつかり、そして幽霊に抱きつかれる
高校2年生は何人ぐらい居るんだろうな・・・・と僕は思った

いつの間にか、雪が降り始めていた――――