東洋医学研究所®グループ  井島鍼灸院院長 井島晴彦
今回は精神科疾患に使用される経穴について紹介させて頂きます。
 東洋医学的な治療に経穴は切っても切れないものです。私は黒野保三先生のご指導のもと、経穴について文献から調べさせて頂きました。
 前回のコラムでは、婦人科疾患の時に使用される経穴について、その名前がどのような理由でつけられたか、漢字のなりたちから読み取ること(穴名考)により紹介させて頂きました。
 今回は、神経症、心身症、うつ病、自律神経失調症などの精神科疾患によく使用される経穴として、百会(ひゃくえ)穴、風池(ふうち)穴、厥陰兪(けついんゆ)穴、さらに特に気の変動の治療に使用されるダン中(だんちゅう)穴について、文献を参考に紹介させて頂きたいと思います。 

精神科疾患に使用される経穴はたくさん有りますが、その中からどうして、百会穴、風池穴、厥陰兪穴、ダン中穴を選んだのかを説明させて頂きます。
 病気の治療に使用する経穴を選ぶ根拠に、古典文献があります。いつも黒野先生から教えて頂いているように、古典文献の内容ががすべて正しいわけではないので、実証医学的な証明が必要です。
 そこで、黒野先生の発案により、各病気に対してよく効くといわれている経穴のうちから古典文献や穴名考などを根拠に数穴優先順位をつける作業をさせて頂きました。
 方法は、中国や日本の代表的な鍼灸に関する古典文献50冊あまりを調査・分析して著された「鍼灸医学ー経絡経穴の近代的研究ー」(濱添圀弘著)に掲載されているすべての主治症と経穴との関係をコンピューター(エクセル使用)入力し、主治症別(590疾患・症状)、科目別(21科目)、経穴別(357穴 のべ経穴数4715穴)に抽出・集計できるようにしました。
 その結果から、精神科疾患について抽出すると、主治症が20疾患あり、経穴が273穴掲載されていました。その中で多く使用されている経穴は、百会7回、巨闕6回、太陵5回、隠白5回、間使5回、厥陰兪5回、曲池5回、風池5回、神道5回、内関4回、五處4回、手三里4回、陽谿4回、神門4回、天柱4回、肝兪4回、日月4回でした。
 さらに、鍼灸治療の対象として重要と思われる神経症・心身症関連の主治症に多く使われる経穴は百会5回、風池5回、厥陰兪5回、肝兪4回、天柱4回、日月4回でした。
 精神科目の主治症で使用経穴が1穴のみのものは、気の変動のダン中、神経過敏の照海、心臓神経症の厥陰兪、憂鬱症の鳩尾、記憶喪失の内関、蟻走感の曲池、狂気の陽谿でした。
 そこで、回数の多い経穴を1穴づつ細かく検証したうえで、古典文献からの精神科の代表穴として百会穴、風池穴、厥陰兪穴、ダン中穴、の4穴を選びました。
 
意味から名前のつけられた、百会穴は最も多く使用されます。
位 置 頭頂部、 両耳を前に折り、耳尖の当たるところより直登し、督脈に交わるところに取る。
穴名考 百は、10の10倍、衆多。会は、合う、集まる。したがって、百会は、衆多の脈集まるところ。 また、この部は頭の中央であり、脳=髄海のあるところ、脳に気血の出入りするところの穴の意である。
主治症 高血圧、脳溢血、頭痛、眩暈、耳鳴り、半身不随などその他脳疾患。癲癇、神経衰弱、ノイローゼ、不眠症など精神神経症。メニエール病、難聴、蓄膿症、視力減退、鞭打症、腰痛、、痔疾、心悸亢進、自律神経失調症など。
 その他、五臓六腑の調整など、いわゆる「百病皆治す」というように、応用範囲の広い穴である。
          
風池穴は経穴の場所から名前がつけられました。
位 置 後頭髪際中央陥凹中にア門穴を取り、その外2寸2分半、後頭髪際で通常頭眼といわれる陥凹中に取る。 
穴名考 風は風病(風邪、中風、狂疾、おこり)。池は、地を掘って水を溜めたところ。したがって、風池は、風は風病、池は水の溜まる陥部、いわゆる、風病の邪気の溜まる部の穴、風病の主治穴の意である。
主治症 風病をつかさどる。熱病一切、頭痛、高血圧、眩暈、ヒステリー、ノイローゼ、その他脳疾患。メニエール病、耳鳴り、視力欠乏、蓄膿症、歯痛、三叉神経痛、半身不随、寝違い、ムチウチ症、頚肩腕症候群、肩背部疼痛、不眠症、自律神経失調症、心悸亢進など。
          
厥陰兪穴は意味から名前のつけられた経穴です。
位 置 第4、第5胸椎棘突起間の外1寸5分、最長筋の通りに取る。
穴名考 厥陰は、手足の三陰の中の一つ、厥陰心包経の厥陰。兪は、治癒。したがって厥陰兪は、心包の臓および心包経の主治穴の意である。
主治症 心外膜炎、心肥大、心悸亢進、狭心症、心臓神経症、不眠症、ノイローゼ、神経衰弱、その他精神神経症。胸膜炎、肋間神経痛、乳腺炎、乳房炎、乳汁不足、その他乳病一切。嘔吐。
           
最後に穴名に使われる漢字に意味のあるダン中穴を紹介させて頂きます。
位 置 両乳の間の中央、第4肋間の中央胸骨中に取る。
穴名考 ダンは月(にくづき)と亶の合字で、亶は亠は屋根、回は周囲のかこい、日は太陽、一は地、太陽が地平線上に現れる=赤い太陽で、心を表す。心の周囲を囲み、上を屋根でおおう、心の周囲をおおう=心包絡、いわゆるダンは心包のことである。中は一致する。したがって心包のある所に一致する穴の意である。心包経の募穴の意である。
主治症 精神神経症をつかさどる。心疾患、肺疾患、食道痙攣、乳腺炎、乳汁不足、胸膜炎、肋間神経痛、気の変動に応用する。
           
経穴名の由来を知って鍼灸診療に役立てましょう。
 今回は、経穴名の由来を知ることで鍼灸診療の役に立つことを、精神科疾患の場合を例にあげて紹介させて頂きました。
  鍼灸治療をさせて頂く場合でも、経穴名のもつ意味を正しく理解し、さらに、位置・形・深さを知り、豊富な知識に基づいて、適度な刺激を加えることは効果をあげるために非常に大切なことだと考えます。
 そこで東洋医学研究所®グループの先生方は、黒野保三先生のご指導のもと学・術・道の練磨につとめております。安心して鍼治療を受けてください。
 次回の私のコラム担当のときは、消化器疾患に使用される経穴を紹介させて頂きたいと考えております。是非、楽しみにしてください。

 文 献 
  黒野保三鍼灸医学概論〈改定増補〉.エフエー出版1996
  黒野保三臨床鍼灸医学エフエー出版2001
  竹之内診佐夫.濱添圀弘鍼灸医学南山堂1977
  日本経穴委員会標準経穴学医歯薬出版株式会社1989