この本丸は冬が多い。
審神者が冬景色を愛し、雪遊びを愛し、布団と毛布を愛し、おでんやシチュー、カレーといった冬物料理をこよなく愛し、そして審神者によって伝道されたこたつと暖房器具という文明の利器が、この本丸の刀剣男士のハートをがっつり掴んだ結果だった。
おかげ様で畑仕事当番は、この本丸の最大不人気当番不動の一位を獲得している。
審神者特権でこたつの一角に席を占めていた審神者（♀）は、だるだると一室に集まってだべる己の刀剣男士達を眺めながら、脈絡一切なくぼそりと呟く。
「……太刀こないね」
「こんのー」
蜜柑の皮で無駄に細工をしながら、おざなりに陸奥守（初期刀）が相槌をうった。
審神者が前後脈絡なく話し出すのはこの本丸では今更だった。蜜柑の筋取り（骨喰に食べさせる分）を続けながら、こたつむり鯰尾がどうでも良さそうに突っ込む。
「やだなーちゃん、鶴丸さんいるじゃないですかー」
「鶴さんなー。いるけどなー？」
こたつむり鶴丸は、己の話題など知らぬとばかりにこたつゲームに興じている。
黙っていれば儚げ清楚。眠っていればお伽噺の姫君を地で行く男である。よく知らない人間ならうっかり血迷ってキスの一つでもぶちかますレベルだが、残念ながらというか幸いにと言うべきか、この本丸に鶴丸が来たのは最初期、まだ最初の時代の戦場を突破したばかりの頃だ。古参組に分類されるこの太刀に血迷えるほど、審神者は彼に夢を見ていなかった。
あと鶴丸を鍛刀した時分に審神者が求めていたのは大太刀だったので、出会い頭「レアリティ仕事しろ」と叫んだのは余談だ。
「……主が欲しておいでなのは、弟ではありませんでしたか？」
「たろちゃんのおとーと君もでないけどさー。戦力的にどうなのかなーって思って。
うちにいる太刀鶴さんだけだよ？ 出やすいっていうカカカさんさえいまだにいないよ？
打刀はいっぱい来るのにどういう事なの……短刀とか脇差に戦場の先陣切らせるの、審神者とっても心苦しいの……」
「そういう割にはちゃん、未だに前田くんと鯰尾くんは一軍だよね」
「刀剣男士はな、にかちゃんよ。戦っている時が一番輝いていると思うんだ……。
わたし、むっちゃんと前田くんとずおくんはえこひーきするって決めてる」
「見事に最古参組だねぇ……」
「ええやんみんなには遠征お願いしてるやん。同じ古参の五虎くんと秋田ちゃんをごらんよ。
文句も言わずにせっせと遠征こなしてくれてるよ？」
「というかちゃん、太郎さんと鶴丸さんは贔屓しないんですか？」
「たろちゃんは保護者枠なのでひーきとかいらんのです。頼りにしてます。
いつもありがとー」
「……は、いえ。お役に立てているのでしたら……」
初期組に分類される太郎太刀が、ほんのりと頬を染めた。口元がゆるく孤を描いているのを見て、つられてにっかり青江と堀川がほのぼの微笑んだ。
ただし審神者の意識は既に陸奥守の手元にそれていた。大作が出来上がる予感！
鶴丸の意識もゲームだけに集中している――ように見せかけ、何気に手が止まっているのだが、審神者のちゃんはまったくもって気付いていなかった。骨喰が表面無表情、内心ちょっとはらはらしながら首を傾げる。
「ちゃん。鶴丸は贔屓しないのか」
「今だからぶっちゃけるとね、同じレアなら小夜ちゃん繋がりで江雪さんか、粟田口繋がりで一期にーさんに来てほしかった。レア度とか飾りなのです。
ほたちゃんきたのになんでじろさんこないん……あと乱ちゃんもなんでこないん……」
「え、ちゃんいち兄狙いだったんですか？」
「……江雪兄さま、来るの？」
「物欲センサーが仕事したので残念ながら来てないや。ごめんね小夜ちゃん！
でもなんで乱ちゃんも来ないんだろう……。ずおくん、君の兄弟なんで出ないの？」
「運ですかね。まぁいつか出ますって！」
「うむ。願わくば早めに女子成分が欲しいところ」
「ですが主様、乱は男ですよ？」
「主殿、次郎も男なのですが……」
「知ってるけど、見た目が女子ならもうなんでもいいかなーって思ってる」
陸奥守が取り出した蜜柑を審神者の口に押し当てる。審神者はされるがままにもぐもぐ食べて顔をしかめた。思ったよりも甘くなかったらしい。陸奥守はまた作業に戻った。
「主様は、鶴丸殿がお嫌いなのですか？」
「？ ふつーに好きだよ？ 鶴さん働かせすぎかなーとは思ってるけど」
何故か真顔で問う前田に、審神者は蜜柑の続きを待ちながら返した。欲して鍛刀したわけでもないが、結局は付き合いの長さと相性だ、と審神者は思っている。
余所ではビックリ爺などというアレな愛称で親しまれているようだが、この本丸の鶴丸国永は噂で聞くよりは幾分か穏やかなようだ。悪戯といっても不意打ちで驚かされる程度。
日々の移り変わりの中にある様々な変化を“驚き”と評すその性質は、成程、確かに様々な者達の手を渡り歩いた古刀なのだなと得心したものだ。気持ちが若いのは否定しないけども、比較すれば若者な陸奥守と比べると、やっぱり違いは歴然たるものである。
鶴丸はこたつ布団に顔を埋めて震えていた。悶えていたとも言う。
「……主様が太刀を欲しておいでなのは、鶴丸殿のためだったのですか？」
「それもだけど、主要任務太刀のやつだけ未だに消化できてないからっていうのもあるー。
太刀主力部隊ってなんなの？ 打刀でダメなの？ うちの主力打刀だよ？ もう戦国の記憶まで突破済みだよ。練度１な太刀とか手のかかる新人さんでしかないよ……」
ちなみに先日、現時点で実装されている中では最後の打刀である長曽祢虎徹がこの本丸にお迎えされた。この本丸には“部隊編成は基本、本丸に来た順”という早い者勝ちルールが適用されているため、遠征にも出されず早くも暇で死にそうになっている。強く生きろ。
「ほれみいちゃん！ どうじゃ、わしの斬新な作品は！」
「おおー」
「これはちゃんにやる！」
「おおー……いいの？ むっちゃんのじゃないの？」
「わしはもういっこおんなじのを作るきに。おそろいじゃ！」
「おそろいかー。むっちゃん好きー」
「おう、わしもちゃんが好きじゃ！」
蜜柑細工を間に挟んで、審神者と初期刀がほけほけ笑う。
「でね、あまりにも太刀来ないから他の審神者さんにも相談してみたんだけども」
笑って唐突に話を戻した。
慣らされきった男士は誰一人として突っ込まない。初期刀は作業（蜜柑細工）に戻った。
審神者がさも深刻そうな表情になって、こたつ布団に埋まったままの鶴丸を見る。
「鶴さんの呪いじゃないかって言われた」
「なんでそうなるんだ」
唐突に襲い掛かった冤罪のレッテルに、鶴丸がこたつ布団から復活した。
「鶴さんレアだからね、太刀用の鍛刀運が全部鶴さんに吸われてしまってるんじゃないかなって……それを解消するためにはいっぺん鶴さん俺に預けた方がいいんでないって言われたんだけど鶴さんどう思う？ お別れパーティーした方がいい？」
「待て主、それは騙されていると思うぞ！？」
「預けたまま帰ってこなくなるパターンじゃないかな、それ」
叫ぶ鶴丸、頬を引き攣らせるにっかり青江。
とても詐欺臭がするアドバイスだったが、しかし審神者は難しい顔で首を傾げて唸っている。
「そうなのかな……確かにあの人レア難民だけど、あそこの小狐さんめっちゃ嫉妬深いからそういうのは無いと思ったんだけどな……」
「ああ、そういえば主様の事を般若の形相で睨んでおいででしたね」
「ちゃん、余計な事をするなよ小娘って殺気立ちながら釘刺されてましたもんね！」
「ぬしさまにはこの小狐のみがおれば良いって言ってた……どうしよう、あの審神者さん貞操大丈夫かな……男の人だったし心配しなくても平気かな……青い顔でレアなら対抗できるはずまだいけるってレイプ目で自分に言い聞かせてたけど……」
「……主さん、それ、通報してあげた方がいいんじゃ……？」
詐欺かと思いきやあからさまな事案だった。検非違使さんこっちです。
うわぁ、という顔をした堀川に、しかし審神者は難しい顔のままで首を振った。横に。
「政府ね、本丸内での人間関係は審神者に丸投げなの。干渉したくてもできないの。
主を守るためって名目で座敷牢に繋いで飼われる事態になっても一切関知されないわよって知り合いの審神者のおねーさんがこないだ演練場で余所様の刀剣男士に悪魔な唆しを」
「現世は……恐ろしい場所なのですね……」
「怖いのは、主の周囲だけだと思うな……」
深刻な顔で呟く太郎太刀に、小夜がクールな突っ込みを入れる。本当に怖い審神者業界。
刀剣男士より怖いのは余所の審神者かも知れないね。まぁ閉鎖空間だから仕方ないね。かくして演練でも屋でも姿を見掛けない審神者が一人増えるという罠。
まぁ、刀剣男士全員の意見が完全に一致するなんて事はそうそう無いので実行に移すのは困難だろうが。審神者隠すのと本丸監禁、どっちの方が難易度は上なんだろうね。謎だね。
戦慄する男士達を余所に、「そうか、預けるのはダメか」と一人納得する審神者。
「じゃあ折衷案として、鶴さんは他太刀くるまで毎日石切さんと祈祷ね！」
「よし主、俺と真剣に話し合おうじゃないか」
１：３０のしまらない冤罪
このあとめちゃくちゃ話し合いした。
ＴＯＰ
山もオチも意味も無いけど一部実話。この本丸の鶴は苦労人属性。