この世界には、“魔性”と呼ばれる者達が存在する。
 彼らは短き生の人間種に比べれば圧倒的に長い生を生き、力在る者ほどにより人に近い姿と、圧倒的な美を誇り。人間如きは塵芥に等しいと見なしていて、まるで玩具のように弄ぶ。
 そんな彼等の中で、人の姿を取る事すら侭ならぬ、もっとも数の多い魔は妖鬼、数こそ少なくとも美貌と力を兼ね備える、黒纏う者達を妖貴と呼ぶ。
 しかし更にその上位、他とは圧倒的にかけ離れた力と美とを兼ね備えた者達がいた。
 柘榴、白焔、紫紺、王蜜、翡翠。
 これらの色彩をその身に備えた、世界に五人しかいないと言われる魔性の王、妖主。

 気まぐれで残酷、その性質は無邪気に羽虫の脚をもぐ童にも似て。

 けれど何処にでも、例外はあるもの。
 魔性の質より人の有様を好み、人間に紛れて生き、同種の前には滅多に姿も気配すら残さない。
 ごく限られた者達だけが、彼女をこう呼ぶのだ。

 語られざる青。
 六人目の君。

 水碧の妖主――、と。

語られぬ水碧


「うっわー嫌だ嫌だわ柘榴の。貴方、いつから気色悪いナンパ師キャラになったの?」

 開口一番、発言と裏腹に心底らしい感嘆とある意味での賞賛を込めて男を拍手で出迎えたのは、人間以外の何者にも見えない女だった。
 丁寧にまとめられた髪に薄く施された化粧、それは着飾るためと言うよりは、職業柄、見苦しくないようにとの意図を感じさせるもの。纏う衣装は現在の滞在場所であり、依頼先でもあるガンディア王宮のメイドのものだ。
 容色は平凡極まりなく、魔性の感性で言えば“美しくない”の一言に尽きる。
 気配も容姿も何もかもが人間そのものでありながら、存在する場所だけは何処までも異常。
 そして何より問題なのは、ここが人間であれば存在する事など不可能な亜空間である事。そして何より、転移するまで闇主にもその存在を気取らせなかった事だった。

「……お前」

 当座の玩具と見定めた女。その前で被っていた分厚い猫を彼方へと放り出して、剣呑に、深遠にも似た昏い赤の瞳を細める。
 人間であれば。否、たとえ妖貴であっても震え上がらずにはいられないような眼差しを前にしながら、しかし一見人間以外の何者でもない女は、そよ風ほどにも堪えた様子は無かった。

「あらあら、目が笑ってないわね柘榴の。
 駄目よそんな顔しちゃ。せっかくの数少ない取り得な美形ぶりが台無しよ?」

 をほほほほとわざとらしく笑いながら、畏怖を通り越して何も考えられなくなるような美貌を前に、平然とそんな口を叩く。平凡な姿の女。しかしその物言いに、闇主は覚えがあった。
 その正体に気付いた途端、苦虫をまとめて数十匹噛み潰したような苦い顔になる。

「誰かと思いや、よりにもよってかよ」
「相変わらず、酷い言い様ねぇ」

 むくれたように唇を尖らせて、服装も化粧も髪型も気配さえもそのままに、本来の姿へと立ち戻る。どこまでもふかい闇夜の海を思わせる碧の髪、煌く星を宿した蒼玉の瞳。顔立ちも、目前の男と並べてもなんら遜色無い美を備えたものへ。
 どんな青よりもなお深く、どんな青よりなお輝かしき麗しの君。

「久しぶりに会った昔馴染みに、
 “いっやぁ~んに会えるなんて千禍ってばちょーカンゲキ☆”
 って言うくらいの愛嬌があってもいいと思うわよ?」

 しかしその性格はなんか軽かった。
 ついでに言うなら庶民的だった。
 妖主は魔性の中でも変わり者ではあるが、この女は極め付きだろう。
 世間一般に彼女が知れれば、多分じゃなくて確実に魔性全体のイメージが崩れ去る。

「あってたまるかそんなモン。つーか、なんで水碧のがこんなトコにいんだ」

 け、と吐き捨てる闇主こと柘榴の妖主に、ちっちっち、と鼻を鳴らして指を振り。

「ばっかねー。そんなの、ここで働いてるからに決まっているでしょう。
 お給金がすぅっごく! いいのよ!! さすが王宮よねぇー。金払いのいい職場ってやっぱりいいわぁ」

 うっとりした様子でアツく語ってみせた。
 そんな昔馴染みに、脱力した様子で闇主は呟く。

「働くって……あいっかわらずだなお前はよ」
「何よぅ。生きる糧を得るために労働するのは至極当たり前の事じゃない。
 あ、ここのまかない美味しいわよ柘榴の。今だったら特別サービスで食べさせてあげるけど」

 正しいっちゃ正しい。
 むしろこの上無く正論ぶっちぎりだ。
 が、忘れてはいけない。彼女は魔性である。
 人間なんぞ塵芥、せいぜいオモチャくらいにしか思っていないというのが通説の魔性だ。更に言えば労働とか義務とかそういう面倒な事がだいっきらいなはずの快楽主義一直線な魔性だ。
 つーかそもそも食事も睡眠も必要としていない魔性だ。
 泥棒とか殺人とかそーゆー事にもまったくもって抵抗を覚えない、倫理観ナニソレ美味しいの? な種族のトップ――な、はずである。
 の、はずなのである。誰が何と言おうとも。いちおう心臓複数あるし強いし美形だし。うん間違いない。
 闇主はに会う度に思う。こいつぜってぇ魔性じゃねぇよな、と。

「いらねぇよンなもん。つーかお前何しに来たんだ、さっさと仕事に戻れ」

 シッシ! と邪険にしてみせる闇主。
 しかしはめげなかった。と言うか気にしてすらいなかった。

「ばっかねー。仕事なら今休憩時間よ、だから抜けて来たんじゃない。
 目的を言うなれば……そうねぇ。
 同類風に言うなら“混血とはいえ中途半端な力しか持たぬ半妖の美しくもない小娘”ちゃんとやらにストーカーよろしく付き纏う気紛れ極楽トンボの取り得顔だけな性悪柘榴の……あ、今は闇主だったか。
 とりあえずそんな柘榴の妖主サマ見物して笑おうかと」
「……お前とはいっぺん決着付けとくべきかも知れんなぁ」
「あら嫌よ、私平和主義だものー」

 凶悪な笑みを浮かべて片手に魔力を込める闇主の言葉を、にっこり微笑みばっさり斬り捨てる
 平和主義者ならもう少し言葉を選んで欲しいものだが。

「それにしても綺麗な魂ねぇ、柘榴のがストーキングしてる子。
 確か、王蜜のが人間に産ませた娘でしょう? 虫除けぐらいかけとけば良かったのに。一人娘が害虫においしく頂かれちゃったらどうするのかしら……」
「待てお前、何でそこでおれを見る」
「自覚があるなら言う必要も無いわよね」

 無駄に煌びやかなスマイルを浮かべる
 この辺りの性格の悪さはさすが魔性と言うべきか。
 さして太くもない(むしろ細い)闇主の堪忍袋の緒は、もはやぶち切れる寸前だ。

「て・め・え・な・あッ! あの程度のに進んで手ぇ出すわきゃねぇだろうが!!」
「あらやだ、もうこんな時間!」

 傲岸不遜を地で行く生粋俺様気質な闇主だったが、相性の悪い相手というのはいるものだ。
 時を同じくして産まれた、しかしまったく真逆の性質の女。
 凶悪なお顔でこぶしを振るわせ、失礼極まりない事を口にする闇主をさらっとスルーし、焦ったようにが叫ぶ。

「休憩時間も終わったし、私仕事に戻るわねストーカー!
 犯罪行為は今更だけど着替えとか覗くような事してたら次は変態って呼ぶから!」
「!オイ待ちやが「バイバーイ!!」

 言いたいことだけ言って、瞬時に空間転移で姿を消す。
 そんなに、取り残された闇主は思った。

 次に会ったらブチ殺す。

 哀れむよりいい気味だと爆笑する者の方が多い彼の思いは、多分次回も叶わない。



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転生者で元人間系夢主。魔性間ではレアキャラ扱い。